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ニュース&レポート

特別インタビュー 経営計画の実現に向けて ニチハ株式会社 代表取締役社長 吉岡 成充 氏

 窯業系外壁材の国内シェア№1メーカーであるニチハ株式会社は、長期ビジョン「Challenge Global to 2030」を策定し、あらゆる面でGlobalに通用する企業を目指して事業を展開しています。今回は、同社の吉岡成充社長に、ビジョンや経営計画の重要性やその実現のために必要なことなどについて伺いました。

ニチハ株 吉岡氏

長期ビジョン「Challenge Global to 2030

―改めて、ご自身の経歴についてお聞かせください。

吉岡 私は、1986年に住友銀行(現三井住友銀行)に入行以降、アメリカやヨーロッパ、ソウル、中国など、海外拠点を経験したほか、総務部を長く担当し、2020年に当社に入社するまで34年間銀行員を務めてきました。2021年に社長に就任しましたが、建材メーカーの社長としては珍しい経歴かと思います。

―今年5月に、長期ビジョンと中期経営計画を発表されました。経営計画の重要性についてどのようにお考えでしょうか。

吉岡 長期ビジョン「Challenge Global to 2030」は、日本の住宅市場の縮小が避けられない状況にある中、事業の中心を国内住宅市場に加え、国内非住宅市場及び海外市場に拡大するとともに、商品開発力、生産技術力、営業力をはじめ、資本効率、リスク管理など、あらゆる面でグローバルに通用する企業を目指すものです。この長期ビジョンの実現に向けて第一次中期経営計画がスタートしたところですが、実は、海外では中期経営計画を策定する企業は少数派です。例えば、アメリカでは自社のイノベーションを世界に示すことで投資家へアピールする手法の方が一般的と言えます。また、海外だけでなく日本国内でも、中期経営計画の策定に関して批判的な意見があることも確かです。

 しかし、私自身は中期経営計画を策定すべきと考えています。経営計画とは一般的に、企業が目指す将来のビジョンや目標を明確化した上で、これらを達成するための具体的な計画と定義されます。これを、①誰のため、②何のため、③役に立つかの観点で考えてみます。まず、社長の視点から見ると、①社長自身が、②経営者としてのミッションを果たすためとなります。③役に立つかについては、社長が全ての従業員に個別に指示を出すことは現実的でない中で、経営計画を従業員に理解してもらうことにより自発的な行動を促すことにつながります。また、株主様の視点からも経営計画は有用だと考えています。株主様は、投資先の経営方針の理解と、計画の進捗状況から経営者の能力を評価できます。加えて、計画が実現されることで高配当や売却益といったメリットを享受できます。こうした観点から、経営計画は、会社のステークホルダーが互いにメリットを享受するためのコミュニケーションツールである点で有意義であると考えています。

―長期ビジョンは、どのような経緯で策定されたのでしょうか。

吉岡 ビジョンは、将来のありたい姿であり、自分たちが将来において目指す姿です。また、ありたい姿を実現した際には、経営者が新たなビジョンを示し、実現していくものだと考えています。もう一つ、経営理念との違いについても議論の的となります。私は、経営理念は「変わらないもの、変えられないもの」だと理解しています。これに対し、ビジョンは環境変化を踏まえて、一定期間ごとに変わっていく、あるいは経営者ごとに変わっていってもよいものだと考えています。

 また、ビジョンをより明確なものにするため、私はシンプルかつ覚えやすい内容にしています。これは、グループ会社を含め、多くの従業員あるいは外国人を含めた多様な従業員がいる場合には大事なポイントだと思います。そして、もう一つビジョンにおいて重要なことは、共感できるものであることです。シンプルで覚えやすくても、共感してもらえないと単なるお題目に過ぎません。そこで当社では、長期ビジョンの作成に当たり、社内プロジェクト「ニチハの未来Project to 2030」を立ち上げました。同プロジェクトでは、私から全ての従業員に向けて、「2030年にニチハをこんな会社にしたい」というアイデアを募集しました。応募されたアイデアは、中堅社員を中心に組成したチームで精査し、最終的には、業務執行サイドの決定機関である経営会議において決定しました。こうした取り組みにより、職種や年齢、所属部署などに関係なく、できるだけ多くの人に参画意識を持ってもらい、ビジョンへの共感性を高めています。策定された長期ビジョンはとてもシンプルな内容となりましたが、「Global」という言葉から、国内の従業員が自分は無関係だと思わないようにすること、生産やリスク管理などを含め、全ての従業員に当事者意識をもってグローバルスタンダードを目指してもらいたいという2点を心掛けて従業員には伝えるようにしています。

―ビジョンと中期経営計画の関係についてはどうお考えでしょうか。

吉岡 当社はまず、2030年に達成するべき長期ビジョンと財務目標を定め、そこからバックキャスティングの考え方を用いて経営計画を策定しました。バックキャスティングとは、最初に目標とする未来像を定め、その未来像を実現するための道筋を未来から現在へさかのぼって考える手法です。これと反対の考え方がフォアキャスティングと呼ばれるもので、過去や現在のデータや実績に基づいて目標を定める手法で、ある意味実現性が高いと言えますが、一方で現時点から大きく飛躍するには適さない手法であるとも言えます。

 当社は2030年までの7年間で長期ビジョンを実現するため、機動性や柔軟性を確保するために2024年度から2026年度の3年度を計画期間とする第一次中期経営計画と、2027年度から2030年度の4年度を計画期間とする第二次中期経営計画に分けて策定しました。第二次中期経営計画の具体的な戦略内容については、第一次の進捗状況や、その時点でのビジネス環境等を踏まえ、2026年度後半に策定する予定です。

 

経営計画の実現に必要なもの経営者の資質

―経営計画を実現するためにはどのようなことが重要なのでしょうか。

吉岡 経営計画の実現に当たっては、株主様からの支持、金融機関の支援、優秀な人材の確保、各種規制緩和など、必要なものは多岐に及びますが、その中でも経営者の資質と組織の活用の2点が重要であると考えています。私自身、社長就任に当たって、経営者はいかにあるべきかを考えました。現代経営学の父と言われるピーター・F・ドラッカーは経営者の役割について、事業の決定、資源配分の決定、人的配置の決定と定義しています。これはまさにその通りであると思いますが、一方で決定すること以外どうするのか、例えば、戦略決定後の進捗管理や必要な軌道修正、リスク管理など、疑問がどんどん沸いてきます。企業とは生き物であり、文化も実力や人材も全て企業ごとに異なります。千差万別な企業に一律の理論だけで対応するのは困難だと思いました。

 なかなか経営者はいかにあるべきかの答えを見出せなかった私に、一筋の光明を与えてくれたのが、銀行員時代の2012年、欧州営業第一部という営業現場での責任者を初めて経験した時に出会った言葉です。当時、私は現場責任者として目標達成と部下との関係性の間で悩んでいました。そんな時、イギリスの高級百貨店の創業者であるハリー・ゴードン・セルフリッジの「リーダーとボスの違い」という言葉に出会い、考えを整理することに至りました。簡単に説明すると、リーダーとボスの違いを端的に七つの短文で表現しています。七つの中の代表的なものとして、「ボスは恐怖を掻き立てるが、リーダーは情熱を生み出す」「ボスは自分のことを私というが、リーダーは私たちという」「ボスは失敗の責任を追及するが、リーダーは失敗の後始末をする」「ボスはやれと命じるが、リーダーはさあやろうと言う」などが挙げられます。私は、この違いを自分なりにアレンジして、実践しています(図)。

 銀行は大きな組織体ではありますが、やるべきことが明確化されており、組織やルールが細かく規定され、実行するための人材の手当てもなされます。しかし、業界や会社が変われば同じとはいきません。経営者のリーダーシップによるところが大きく、経営者は常にその意識を持っていることが必要となります。経営者がしっかりと会社というボートの舵を取りながら、経営者も含めた全員でオールを漕ぐことが重要で、そうしないと座礁してしまう可能性があります。これを防ぐには、従業員との信頼関係が大切であると日々感じています。

―経営者としての役割については、どのように整理されていますか。

吉岡 私は、経営者とは会社のリーダーであると定義しています。極めて単純ではありますが、この考えにたどり着くまではかなりの時間を要していますし、自分としては現実的でしっくりきています。会社のリーダーである以上、従業員から見れば私は上司となります。しかし、社長である私が全ての従業員に対峙できませんので、当社では前述の経営会議のメンバーを私の直接の部下と位置付け、私は経営会議のリーダーとして業務を執行しています。私の考えを経営会議のメンバーに伝え、各組織のリーダーを通じて浸透させていくイメージです。

 その上で、経営者が果たすべき主要な役割は「決定する」「責任を取る」の二つに整理しています。「決定する」ことを正しく行うためには、「情報を集める」「将来を読む」「人を育てる」などの仕組みが必要となります。経営者が部下を指揮して仕組みをつくる、あるいは仕組みを絶えず維持発展させていくことが必要です。そして、経営者として、「社会と共生する」「企業価値を上げる」「雇用を守る」ことを目指しています。

 

経営計画の実現に必要なもの組織力の活用

―組織力を活用するうえで、どのような点を重視されていますか。

吉岡 経営者がどんなに優秀でも、一人でできることには限界があります。だからこそ、組織力の活用が重要となります。私は次の四つを意識しています。一つ目は「全員参加」です。全員に参加を強制するのではなく、全員に参加の機会を与えるということです。長期ビジョンの策定においても、職種や年齢、所属部署に関係なく多くの従業員に関与してもらいました。共感性とは、従業員の仕事全般に影響するもので、モチベーションが上がり、能動的な活動につながると考えています。

 二つ目は「意欲の醸成」です。社内コンテストにおける優秀者の表彰など様々な方法があると思いますが、当社では従業員が直接社長にメールで提案できる「チャレンジポスト」という制度を導入しています。私が良いと思った提案は一次合格として担当部門に審査してもらい、担当部門も通過したものは、経営会議で最終的に採用の可否を決定する仕組みです。これまで100件を超える応募があり、約10%が最終的に採用されています。採用、不採用にかかわらず、こういった提案の場を用意することが、従業員のやる気やモチベーションの向上につながると考えています。

 三つ目は「人材育成」です。多忙な業務の中で研修等の実施は容易ではありません。ただ、組織力を活用する上では、人材の底上げは大変重要なテーマであると捉えています。新入社員はOJT等を通じて、先輩に教わりながら業務を覚えていきますが、経歴を重ねるに従い、研修などの成長の機会が少なくなりがちです。そのような中で、次世代の経営者を育成していく必要があります。当社では、40代半ばから50代前半の社員を対象に、昨年からリーダーシップ研修をスタートし、様々な観点で考えて議論することを経験してもらっています。

 四つ目は「全体最適」です。組織は、放っておくと部分最適に向かってしまいがちです。例えば、営業部門は売り上げ向上のために豊富な在庫を持ちたがり、製造部門はこれに応えるために多くの製品を製造するとします。結果として、在庫が豊富となり倉庫料が増加し、製造部門の人件費も膨らんでいきます。また、在庫が売れ残ってしまうというリスクも考えられます。こうしたコストやリスクを上回る収益を上げられないのであれば、これは部分最適であり、やるべきではないという結論になります。また、部分最適とは別に、組織のサイロ化という問題が起きがちです。サイロ化とは、他の組織と情報共有や連携がなくなることを指します。組織力を活用するには、部分最適や組織のサイロ化に陥らないよう、部門責任者に絶えず全体最適の意識を徹底することが重要です。

―最後に、従業員の皆さんとのコミュニケーションで心がけていることについてお聞かせください。

吉岡 私は、コミュニケーションで組織を動かすことを重視しています。特に意識しているのは、あらゆる機会を活用して、能動的にコミュニケーションすることです。長期ビジョンや中期経営計画の実現には、そのポイントを従業員に共有し、それに従って行動してもらう必要があります。そのために、タウンホールミーティングや社内報など、あらゆる機会を通じて大事なポイントを繰り返し伝えています。そして、積極的に声を掛け、期待感を伝えることです。私は、全ての従業員へのメッセージとして、「基本に立ち返る」ことと「ともに働く人に敬意を払う」ことを日々繰り返し伝えています。

―本日はありがとうございました。

 

ニチハ株式会社 代表取締役社長 吉岡 成充(よしおかなるみつ)氏

 1986年4月㈱住友銀行(現㈱三井住友銀行)入行。2015年4月㈱三井住友銀行執行役員ソウル支店長、グローバルコリア営業部長、2017年4月同行執行役員三井住友銀行(中国)有限公司社長、東アジア本部副本部長、2018年4月㈱三井住友フィナンシャルグループ常務執行役員東アジア本部長 兼 ㈱三井住友銀行常務執行役員東アジア本部長、グローバル・アドバイザリー部副担当、三井住友銀行(中国)有限公司会長、2020年4月㈱三井住友フィナンシャルグループ常務執行役員 兼 ㈱三井住友銀行常務執行役員。

 2020年5月ニチハ㈱入社、2021年6月代表取締役社長に就任。現在に至る。