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YKK APの新たな経営方針 ~継承と進化~ YKK AP株式会社 代表取締役社長 魚津 彰 氏
「窓」をはじめとしたアーキテクチュラルプロダクツ(建築用工業製品)を通じて健康で快適な暮らしを提供するYKK AP株式会社は、新たにビジョン「Evolution 2030」を発表し、新たな事業への挑戦を表明しています。今回は、YKK AP株式会社 代表取締役社長の魚津彰氏に、自らが中心となって推進してきた樹脂窓の普及啓発や、同社の新たな経営方針などについてお話を伺いました。
YKK APのモノづくりへのこだわり
―改めて、これまでのYKK AP㈱様の歩みや取り組みについてお聞かせください。
魚津 当社は、1957年、吉田工業㈱(現YKK㈱)の製造したファスナーの輸出・営業部門として設立されました。YKK㈱がファスナー製造用として購入した油圧押出機の余剰能力を活用したことがきっかけで、1961年にアルミ建材の製造販売を開始しました。高度経済成長期において住宅の大量供給が求められる中、加工性が高く大量生産に適したアルミサッシの普及に貢献してきました。1990年には、YKKグループにおける建材事業の中核会社としてYKKアーキテクチュラルプロダクツ㈱を設立し、2002年にYKKAP㈱へ商号を変更しました。初代社長に就いた吉田忠裕は、「サッシメーカーから窓メーカーへの転換」を掲げ、ノックダウン方式のサッシ供給事業から、完成品としての「窓」を供給する窓メーカーとして舵を切ったほか、海外での事業展開も積極的に推進しました。2011年、2代目社長に就任した堀秀充は、「メーカーに徹する」という方針のもと、モノづくりにこだわり続けることを示した上で、持続的な成長の実現を図ってきました。私は今年4月に社長に就任し、当社を新たなステージへ押し上げるという思いを込めて、「世界のリーディングカンパニーへ」という方針を掲げました。
当社のモノづくりの原点として、「善の巡環」という精神があります。これは、事業活動の中で発明や創意工夫をこらし、常に新しい価値を創造することによって事業の発展を図ることが、お得意様、お取引先の繁栄につながり、社会貢献できるというものです。いつの時代も変わらない普遍的な考え方として受け継ぎ、常に実践しています。
―モノづくりにおける品質へのこだわりや具体的な取り組みについてお聞かせください。
魚津 当社では、お客様に高品質な商品を提供するために、商品の構成材料や部材、部品をはじめ、製造設備に至るまで自社で開発・製造する、「一貫生産体制」によるモノづくりを実践しています。開発・技術施設としては、先進的な技術の研究や高品質な商品の開発を行う「YKK AP R&Dセンター」、実環境を想定し、様々な観点で検証を行う「価値検証センター」、プロユーザーの課題に対し、施工研修などの技術提案を行う「パートナーズサポートスタジオ」という三つの施設を有しています。これらの連携により、商品や施工などに関する品質を追求しています(図1)。
また、海外でのモノづくりについては、各国や地域の気候や風土、文化に合わせた商品を開発・製造・販売しており、現地の建築や文化に貢献しています。
YKK APの転機、樹脂窓の普及啓発
―御社は樹脂窓の市場で大きなシェアを占めていますが、その普及啓発には魚津様がご尽力されたと伺いました。
魚津 当社には、「価値創造塾」という幹部候補生向けの研修制度があり、私は2006年度に第三期生として参加しました。この研修は、YKKグループの経営の考え方や経営に必要な知識・マインドを学ぶプログラムで、最終的には役員への経営提言を行うこととなっています。当時、1997年のCOP3で採択された「京都議定書」で温室効果ガスの削減目標が定められるなど、生活者の環境意識が高まり、世界的に高断熱窓化の潮流が加速した時期でもありました。そのため、今後は財務パフォーマンスだけではなく、地球温暖化をはじめとする環境に対する企業の姿勢が、企業収益や株価に大きく影響を与える時代になると見通し、社会の要求に応える「環境にやさしいYKK APの窓」として、樹脂窓戦略を提言しました。
樹脂窓を提言した理由の一つが、断熱性能の高さです。住宅では複層ガラスのアルミ窓の場合、夏には約74%の熱が窓から流入し、冬には約50%の熱が流出することから、住宅の省エネ性能を考える上で窓は重要なパーツであると言えます。窓の断熱性能を断熱材(高性能グラスウール16Kg/㎥)の厚みに置き換えて試算したところ、複層ガラスのアルミ窓の場合は4㎜分、Low-E複層ガラスのアルミ樹脂複合窓の場合は13㎜分、トリプルガラスの樹脂窓の場合は48㎜分となり、いかに樹脂窓の断熱性能が高いかが分かります。また、同じ室温であっても、住宅の断熱性能の違いによって体感温度に差があるほか、血圧にも影響を及ぼすとの研究結果も出ていることから、住まう方の快適性や健康の面でも、断熱性能を高めていくことが重要です。
―これまでの樹脂窓の商品ラインアップや、普及啓発に向けた具体的な取り組みについてお聞かせください。
魚津 2009年に樹脂窓「APW 330」の販売を開始して以降、カラーバリエーションの追加やトリプルガラス仕様、木目仕様、防火窓など、商品ラインアップの拡充を図っています。住宅用窓としてのフルラインアップを設定し、全国ほぼ全てのエリアに対応しています。
樹脂窓の普及啓発をより一層推進する活動として、「APWフォーラム」を2012年より全国各地で開催しました。このフォーラムでは、住宅性能に関する情報提供や、有識者による講演などを通じて、高性能住宅や樹脂窓のより一層の普及を推進してきました。これまでに、全国259の会場で開催し、延べ52,800名のプロユーザーの方々に参加していただきました。2020年以降は、コロナ禍ということもあり、「Live Stream Forum」というオンラインイベントを開催しています。こちらは、家づくりにおける最新トレンドや、住まいをもっと安全・安心・快適にするための情報を発信するイベントで、今年8月末時点で延べ16,100名の方々にご参加いただいています。加えて、エンドユーザー向けも含めた書籍や雑誌、カタログも発行するなど、業界に先駆けてセミナー型イベントの実施や啓発ツールの拡充を図ってきました。
現在、当社の国内住宅用販売窓数における樹脂窓の構成比率は約35%となっており、普及が進んでいる欧米などと比較するとまだ低い水準ではあるものの、今後も住まう方の快適性や健康のために、普及に努めてまいります。
商品による社会価値の提供とモノづくり改革の実現
―今年度の主な取り組みについてお聞かせください。
魚津 2021年度から始まった第6次中期経営計画では、第6次中期事業方針として「商品による社会価値の提供とモノづくり改革の実現」を策定しています。これに基づき、住宅事業では高断熱化・高付加価値化、エクステリア事業ではトータルコーディネイト提案、ビル事業では首都圏強化と改装強化にそれぞれ注力しています。
住宅分野については、住宅性能表示制度における断熱等性能等級の上位等級が新設されたことに伴い、高断熱化が加速していくと想定されます。特に、等級6以上については断熱性能の高い樹脂窓が有利な状況となり(6地域の場合)、生産体制の強化などの対応を進めていきます。エクステリア事業については、「建物と外構のトータルコーディネイト提案による販売強化」を方針として、これまでのカーポートや門扉といった商品単体での提案ではなく、建物と外構に統一感を持たせたトータルの空間デザイン提案を推進します(図2)。また、ビル事業における改装強化については、改修の時期を迎えた築30年超の集合住宅のストック数の増加などを踏まえて、改装商品の拡充や提案を強化しています。
YKK APビジョン「Evolution 2030」を策定
―新たに策定されたビジョン「Evolution 2030」について策定の経緯や内容についてお聞かせください。
魚津 社長に就任するにあたり、次期リーダー候補の社員を中心とした全社横断プロジェクトで、"2030年にありたい姿、あるべき姿"について検討を重ね、YKK APビジョン「Evolution 2030」を策定しました。その中で「Architectural Productsの進化で、世界のリーディングカンパニーへ」を掲げ、「地球環境への貢献」「新たな顧客価値の提供」「社員幸福経営」という三つの基本方針を定めました(図3)。
「地球環境への貢献」においては、自社の二酸化炭素排出量を、2030年度までに2013年度比で80%削減、2040年度までに同100%削減することを目指し、太陽光発電設備の導入強化や、地域特性に合わせた創エネ設備導入のほか、天然ガス化、メタネーション、水素・アンモニアの活用といった燃料転換にも取り組んでいきます。
「新たな顧客価値の提供」においては、これまで普及に努めてきた樹脂窓を更に伸ばしていくとともに、来年新たに木製窓を発売する予定です。これは、高い断熱性能に加えて、高意匠性で、サステナブルな窓への進化を目指したもので、なるべくコストを抑えて商品化することで市場拡大を図ってまいります。住宅用を皮切りに、集合住宅用の商品も開発・販売していく予定で、2030年度には、当社の国内住宅用販売窓数のうち20%を木製窓にする目標を掲げています。また住宅での、窓以外からの熱の流出入も大きいということを踏まえ、高断熱窓に加えて、壁や屋根、基礎などの断熱構造商品と、断熱設計、工法、コンサルティングなどを組み合わせた「外皮トータル断熱ソリューション」を開発・提案してまいります。
「社員幸福経営」においては、先ほどご紹介した「善の巡環」に基づく幸福経営として、働きやすい職場環境の実現や人的投資、成長機会の提供、雇用を生み出す経営とサイクルを回し、多様な人材に選ばれる会社を目指していきます。これらの施策に着実に取り組んでいくことで、掲げた思いの実現を目指していきます。
このビジョンにおいては、2030年度以降の達成目標として、売上高1兆円規模のリーディングカンパニーを目指すという高い数字を掲げています(図4)。このように意欲的な目標を掲げることで、今までの延長線上で物事を考えるのではなく、バックキャスティングの考え方で社員一人ひとりの考えや行動が活性化することを期待しています。
―最後に、業界の皆さんへメッセージをお願いします。
魚津 売上高1兆円という高い目標に向かって、国内外におけるM&Aなども含めてあらゆる取り組みを推進してまいります。また、社員全員が常にチャレンジ精神を持ち、一丸となって進化していきたいと考えています。今後も、お取引先の事業拡大に対して貢献できる企業であり続けるために、引き続き努力してまいります。
―本日はありがとうございました。