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林野庁 森林・林業・木材産業への投資のあり方に関する検討会 中間取りまとめ公表 木材の価値向上により森林への民間投資を促進
林野庁はこのほど、「カーボンニュートラルの実現等に資する森林等への投資に係るガイドライン」の中間取りまとめを公表しました。同中間取りまとめは、森林・林業分野に対する投資の可能性が広がりつつあることを踏まえ、投資案件についてその判断の円滑・適切化を促進する観点から作成されたものです。今回は、同中間取りまとめの検討経緯や概要についてご紹介します。
森林・林業基本計画に沿った民間投資を促進
昨年6月に閣議決定された「森林・林業基本計画」では、森林における「伐って、使って、植える」循環利用を確立することで、2050年カーボンニュートラルの実現を目指すとしています。そのためには、林業の生産性を高めて再造林の推進を図ることが重要であり、民間資金を活用した森林づくりを推進していくことが求められています。林野庁では、森林等への民間投資について、森林・林業基本計画に沿って促進するため、今年1月から「森林・林業・木材産業への投資のあり方に関する検討会」を開催し、議論が重ねられてきました。
今回公表された「カーボンニュートラルの実現等に資する森林等への投資に係るガイドライン」の中間取りまとめでは、国内の森林に関する現状を明らかにし、期待される役割や投資を行う上での課題等を整理するとともに、森林・林業・木材産業への投資に関する基本的な考え方を示した上で、プロジェクトの具体的な評価手法についてまとめられています。
2050年カーボンニュートラル実現に向けた森林の役割
2021年のCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃に抑える努力の継続が明記された「グラスゴー気候合意」が採択されるなど、世界規模で脱炭素社会の実現に向けた取り組みが重要となっています。同中間取りまとめでは、同合意においてCO2の吸収源や貯蔵庫としての森林の重要性が明記されていることを踏まえ、2050年カーボンニュートラル実現には、温室効果ガスの排出削減だけでなく、農林業・土地利用分野におけるCO2の吸収が不可欠であると述べています。その上で、樹木のCO2吸収量は数十年かけて増加していくものであり、森林吸収量を確保するためには、今から対策を講じていかなければならないとしています。
日本国内においては、昨年10月に閣議決定された「地球温暖化対策計画」において、2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度に比べて46%削減する新たな目標が掲げられました(図1)。
このうち、森林吸収によって2.7%(約3,800万tーCO2)を確保することが求められていることに触れ、気候変動対応における森林が果たすべき役割の重要性が改めて示されています。
森林吸収量確保に向けた循環利用が必要
国内の森林面積は、ここ数十年はほぼ横ばいで推移しており、国土の約3分の2を森林が占めています。そのうち約4割は人工林で、多くは高度経済成長期に造成されたものであり、半数以上が一般的な伐期である50年生以上となっています。一方、人工林の成長量は、林齢16~25年生前後をピークに低下するとされており、国内の森林全体のCO2吸収量は、人工林の高齢級化等に伴い減少傾向で推移しています(図2)。
これらを踏まえ、成長力の旺盛な若い森林を造成しつつ、様々な生育段階で構成される森林をバランス良く配置すべきとした上で、国内における森林吸収量の確保・強化に向け、利用期にある人工林の適正な伐採とその跡地への確実な造林・育成が必要であると述べています。
世界と日本における森林投資の現状
森林への投資については、日本を含む140カ国以上が署名した「森林・土地利用に関するグラスゴー・リーダーズ宣言」において、「持続可能な森林経営、森林の保全と回復を可能にするための官民の多様な資金源からの資金・投資を大幅に増加すること」が掲げられていることから、森林における気候変動対策に対し、更なる資金投入が必要であるとの考えを示しています。ただし、米国等では長期安定的な収益確保を期待する森林投資が存在するものの、日本国内においては、立木価格の長期低迷などにより収益確保が困難であり、森林等への投資事例はこれまでにほとんどありませんでした(図3)。
森林の循環利用を確立し、環境と経済の好循環を実現するためには、林業の省力化・低コスト化等による「新しい林業」で黒字転換を図るとともに、これまでの補助事業に加えて、民間資金も呼び込み、森林整備を更に促進する必要があると述べています。
ESG投資の流れにおいて森林の注目度が向上
気候変動のリスクに対する機関投資家等の危機感が世界的に広まる中で、財務情報だけではなく、気候変動対応や生物多様性保全といった企業経営のサステナビリティ等に関する非財務情報を評価する概念が普及し、ESG投資の流れが加速しています。加えて、ESG投資においては、気候変動対応や生物多様性保全等のための森林保全への取り組みも評価対象とされています。
また、国内の森林において人工林の循環利用を確立することは、公益的機能を持続的に発揮し、気候変動対応や生物多様性保全等にもつながるものであるため、国内の企業が社会貢献等の観点から進めてきた森づくり活動等の取り組みについて、世界が注目するESGやSDGsにもつながる側面があると述べています。このような状況の中、森林への投資の取り組みを始めようとする企業等の相談を受けた金融機関から、森林組合等の林業関係者に対して森林に対する問い合わせが増加傾向にあります。このように、ESG投資の一環として、森林投資への期待が高まりを見せていることが明らかにされています。
森林投資に対する収益期待の高まり
投資においては、収益が確保できるか否かの経営判断が必要となりますが、森林への投資においても、林地の生産力によって経済性を評価する経営判断モデルが活用されつつあると述べています。具体的には、対象となる林地における材積と立木価格から算出される収益と、育林や生産、運搬流通に必要なコストの計算により、木材生産販売によってその林地における収益確保が行えるかどうかの経営判断が可能となったことが示されています。ただし、立木価格の大幅な上昇が見込めない中、木材生産販売のみで成立する投資プロジェクトの抽出は困難であり、森林・林業が有する様々な価値や可能性について、追加的に評価する工夫や働きかけが必要であるとしています。
具体的な取り組みとして、①「都市(まち)の木造化推進法」の施行など、民間も含めた建築物への木材利用の気運の高まり、②FIT制度等による、未利用木材等の木質バイオマスエネルギー利用の進展、③森林経営活動に由来するJ-クレジット制度の活用に向けた取り組みの進展の三つを挙げた上で、こうした動きは森林の価値向上につながり、インパクト投資※1の観点から期待が高まっていると述べています(図4)。
木材利用の促進等で森林・林業の価値が増大
①民間を含めた建築物への木材利用ついては、4階建て以上の中高層建築及び非住宅建築の木造率がいずれも1割以下と低い状況にあることを指摘しています。そして、森林・林業基本計画では、中高層建築物等での新たな木材需要の獲得を目指すとともに、国産材を活用した高付加価値木材製品の利用を拡大する方向性を打ち出しており、ウッド・チェンジに関する官民協働の取り組みが具体的に進んでいると述べています。木材の価値を高めることで、原木の収益性の向上にもつながる動きが進められているとして、木材利用において付加価値の高い建築用材等の需要拡大が見込まれることは、森林・林業の価値増大につながるとの考えを示しています。
②木質バイオマスエネルギーの利用については、2012年にFIT(再生可能エネルギー固定価格買取)制度が開始されて以降、燃料材として利用される木質バイオマスの量が急増しています。それによって、製材用や合板用に市場価値が限られていた木材に新たな収入源が追加され、これまで未利用だった資源の活用につながるとしています。また、③J-クレジット制度の活用については、木を伐採せずとも立木の状態で付加的に収入を生み出すことができることから、クレジット発行の更なる拡大・普及によって新たな収益源とすることが可能であると述べています。
そのほか、今年5月に成立した改正地球温暖化対策推進法では、新たな脱炭素制度の創設が盛り込まれ、森林保全等を投資対象に含む㈱脱炭素化支援機構の設立が予定されるなど、森林・林業・木材産業を対象とした新たな投資が進む環境が整備されつつあるとしています。
森林への投資効果が容易に確認できる仕組みが必要
国内における森林投資を促進していくためには、気候変動対応や生物多様性保全等の多面的機能の発揮が投資の効果としてどのように見込めるのかについて、専門的知見を有しない関係者も含めて容易に確認できる仕組みが必要であるとしています。
同中間取りまとめでは、森林等への投資案件について、「カーボンニュートラルへの貢献度」や「生物多様性保全等への貢献度」について簡便な評価手法で示し、森林・林業基本計画における施策の方向性に沿った望ましい投資を呼び込む環境づくりを行う考えが示されています。また、この評価手法を活用することで、投資がグリーンウォッシュ※2ではないことの信頼性確保、投資の出し手の発行コスト及び事務負担の軽減、自己の投資プロジェクトのカーボンニュートラルへの貢献の証明といった利点が得られるとしています。
定量及び定性の両面から投資案件を評価
カーボンニュートラルへの貢献度評価においては、主伐及び主伐後の措置に伴うCO2排出量と、伐採した木材の活用用途に伴うCO2貯蔵・排出削減量について、総合的に評価することが適当であると述べています(図5)。
主伐及び主伐後の措置に伴うCO2排出量については、都道府県の収穫予想表を基本として幹材積量を推定した上で、林地面積や容積密度、炭素含有率、CO2換算係数などの数値を乗じて計算することで評価が可能であるとしています。また、伐採木材の活用用途に伴うCO2貯蔵量等の評価については、木材利用によるCO2貯蔵量と、燃料利用等によるCO2排出削減量に分け、それぞれ具体的な評価算定式が示されています。
生物多様性保全等への貢献度評価においては、森林・林業基本計画に定める施策との整合性などについて定性的に評価することで、生物多様性の確保への貢献度についても、一定の測定を行うことが可能であるとしています。その上で、主伐箇所以外を含む適切な森林施業の実施、森林認証制度の取り組み状況、合法伐採木材といった森林の公益的機能の維持・発揮に直接つながる事項について測定するほか、森林経営計画の作成や造林の省力化・低コスト化など、森林・林業・木材産業に関するプロジェクトの特性を踏まえた安定性確保につながる事項についても、補足的に測定する考えです。
林野庁では今後、民間の投資機関や企業等に対する同中間取りまとめの周知を通じて、森林等への投資を拡大し、森林づくりへの民間資金の活用を後押ししていく考えです。
※1 財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資行動
※2 環境に配慮しているように見せかけて、実態はそうではなく、ごまかしていることを指した造語
※ 図は全て林野庁資料より作成