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ニュース&レポート

特別インタビュー イノベーションは「自律考動」で起こる

パナソニック ハウジングソリューションズ㈱ 代表取締役 社長執行役員 山田 昌司 氏

 パナソニックグループは、2022年4月に事業会社制へ移行し、新たな体制へと生まれ変わりました。今回は、事業会社の一つであるパナソニックハウジングソリューションズ株式会社代表取締役社長執行役員の山田昌司氏に、同社における今後の成長戦略や、新たな発想と技術力でイノベーションを創出し、画期的な商品を提供し続ける秘訣についてお聞きしました。

山田氏

事業会社制移行により、自主責任経営を徹底

-パナソニックグループは、今年4月より体制が大きく再編されました。新体制の下、どのようなことが目指されていくのでしょうか。

山田 当社グループは、社内分社によるカンパニー制に基づきグループ経営を行ってきましたが、今年4月1日に事業会社制へ移行し、パナソニックホールディングス㈱の傘下に七つの事業会社を設置しました。今後は、各事業会社において、一人ひとりが自分の事業であるとの意識を持って仕事をし、自主責任経営を徹底的に追求していきます。

 そこで重要になるのが、創業者である松下幸之助が掲げた「綱領・信条・七精神」を中心とした経営基本方針です。中でも一番の核となるのが、「産業人たる本文に徹し社会生活の改善と向上を図り世界文化の進展に寄与せんことを期す」という綱領です。この言葉の意味するところは、「私たちは企業人として、社会の発展に貢献するという意識を持って、この使命をたゆみなく実践し続けていく」ことです。当社グループの事業の目的と使命を端的に表現した綱領は、あらゆる経営活動の指針となっています。また、2021年10月に経営基本方針を改定し、グループ共通の存在意義(パーパス)として「物と心が共に豊かな理想の社会の実現」を目指すことを明示しています。

 新体制の下、当社グループが目指すべきこととして、「10年先の社会・環境課題の解決を起点とした経営」が挙げられます。10年先に我々はどうありたいのか、社員全員でベクトルを合わせ、そこからバックキャスティングの考え方で、事業会社ごとに今何をすべきかを明確にし、戦略に落とし込んでいます。例えば、体質強化面において製造部門ではいかに原価を下げていくのか、営業部門ではお客様の満足度を向上させながらいかに効率化を図っていくのかといったことをKPIに落とし込み、実践できているかモニタリングしながら、10年先の目指すべき姿の実現に向けて進めていきます。

新たに発足したパナソニック ハウジングソリューションズ㈱

-新たに発足したパナソニック ハウジングソリューションズ㈱について、具体的な方向性などをお聞かせください。

山田 パナソニック ハウジングソリューションズ㈱は、事業会社制への移行に伴い、住宅設備、建材、エンジニアリング事業等のパナソニックグループにおけるハウジング事業を引き継いでいます。2021年度の連結売上高は4,524億円、2022年3月末時点の連結従業員数は9,927名で、連結拠点数は製造拠点が25カ所、ショウルームが63カ所となっています。多くのショウルームを保有している点が特徴で、パナソニックグループの中でも顧客と直接接点を持てる拠点をこれだけ構えているのは当社だけです。この拠点を今後どのように活用していくのかが、一つの大きなポイントになると考えています。

 当社グループのハウジング事業は、1958年に雨樋の販売からスタートし、樹脂成型や金属加工といった技術の進化・応用によって拡大を続け、現在では、システムキッチンやバス、トイレなどの住宅設備、床材や建具などの建材からホームエレベーターに至るまで13カテゴリーに及ぶ商品群に加え、設計施工を担うエンジニアリング分野も一部手掛けています。

 当社の強みは、商品の企画・製造・販売にとどまらず、施工からアフターサービスまで含め、くらし空間のバリューチェーン全体で事業を展開している点です。また、エアコン・換気扇等の空質・空調関連商品、エコキュートや太陽光発電システム等のエネルギー関連商品といったグループ内の設備系商品を組み合わせて、ワンストップでくらし空間全体の提案が可能な点も大きな強みとなっています。今後、エネルギー関連商材等への関心が更に高まる中で、販売店様や工務店様に対する当社のお役立ちは、ますます大きくなると考えています。

-貴社では、明確なミッション、ビジョン、事業スローガンが掲げられていますが、どのような思いが込められているのでしょうか。

山田 新たに事業会社としてスタートするに当たり、ミッションとして「くらしの空間から、持続性のある豊かな社会をつくっていく。」を、ビジョンとして「住生活に関わる確かな技術で、領域を広げ、ともにまだない日常を生みだす。」を制定しました。

 ミッションには、時代とともに変化するお客様一人ひとりの多様な価値観や社会課題に向き合い、人々の営みを支える「くらしの空間」を提供し続け、SDGsにつながる持続性のある豊かな社会づくりに貢献していくことが、私たちの使命であるという思いが込められています。特に、「持続性のある豊かな社会」を重視しており、今後の企業活動において、社会の持続性なくして事業を営むことはできないと強く感じています。

 ビジョンには、これまで築き上げた「確かな技術」で、これまでの事業の枠にとどまることなく、事業や市場の領域を広げ、ビジネスパートナー様やお客様とともに、まだない日常を生み出し続ける将来像を目指すという思いが込められています。「確かな技術」には、品質基準やコア技術、流通網に加え、営業やショウルームなどの顧客接点におけるお客様との信頼までを含めています。

 また、事業スローガンには「Green Housing」を掲げ、「人にも環境にもいいくらし」を目指すという当社の企業姿勢を示しています。「Green」の持つ環境、調和、向上というイメージに、「Housing」を組み合わせることで、自分らしさも環境への優しさも両立できる当社のくらしづくりについて宣言し、社内外の皆さんの共感を得ながら事業を展開していきたいと考えています(図1)。

ミッションビジョン事業スローガン

転換期を迎える社会と向き合った成長戦略

-経営環境がますます複雑化・多様化する中、今後の成長戦略についてはどのようにお考えでしょうか。

山田 社会全体にも建設業界にも、環境問題や市場環境、価値観の多様化といった大きな変化の波が押し寄せており、今までの延長線上に答えを見出すのはやはり難しいと感じています。それらの変化や社会課題に対する的確な対応を通じて、社会への貢献とそれに伴う事業成長の両立を目指していきます。

 具体的には、三つの事業立地変革を掲げています(図2)。

三つの事業立地変革

 一つ目は、既存事業を強化する観点から、良質な商品を安定的に供給し続け、快適なくらしを支える「くらし設備建材ソリューション」です。ニューノーマルなライフスタイルへ対応した抗ウイルス加工商品など、商品ラインアップの充実による「新・価値創造」、自前主義にこだわらず、建材業界各社とそれぞれの得意分野で補完し合いながら水平分業を推進する「業界構造変革」を目指します。

 二つ目は、業界のバリューチェーンを変革する試みとして、商品を簡単かつきれいに納め、商品を基点としたサービスでくらしを便利にする「くらし価値イノベーション」です。パネル工法やユニット工法の進化によって、省人・短工期化の実現を目指します。そのために、課題である人手不足をカバーする「新・工業化」や、DXやIoTを活用した新しい価値提案を目指す「新・顧客体験」の創出に取り組みます。

 三つ目は、独自技術を活用した素材・部材・製品で持続可能な社会に貢献する「くらしテクノロジーイノベーション」です。真空断熱ガラスやマイクロバブル、将来的には新素材によるイノベーティブな建築材料など、培ってきた技術やノウハウを生かしたマテリアルやデバイスの開発・提供を通じて、省エネルギー化、再生可能エネルギー化の促進と、資源保全を目指します。

 これからの時代、単に高機能化した商品を販売するだけでは価値を高めることは難しいと感じています。どのような材料を用いて、どのように作られ、どのように廃棄されるのか、それら全てがお客様にとっての付加価値として評価されるのだと考えています。

発想力と技術力で開発した「アラウーノ」

-パナソニックグループでは、これまでにも様々なイノベーションを創出されてきました。その一つである「アラウーノ」は、樹脂製かつ「全自動おそうじトイレ」というコンセプトが、業界に大きなインパクトを与えました。「アラウーノ」の開発経緯についてお聞かせいただけますか。

山田 アラウーノの開発がスタートしたのは2004年頃ですが、当時、当社においてトイレは主力事業ではありませんでした。トイレや洗面などの水廻りに用いられる衛生陶器については他社が圧倒的に強く、市場における当社のシェアは2%程度にとどまっていました。また、会社全体としても、水廻りの主力事業はバスやキッチンであり、トイレ事業に注力する雰囲気ではなかったと記憶しています。そのような中、私を含めた数人のメンバーで、トイレ事業を何とか軌道に乗せたいという思いから提案したのが、衛生陶器ではなく、当社の強みである樹脂成型の技術を駆使した樹脂製トイレの開発でした。社内には反対意見も多かったのですが、当時の社長の理解を得ることができ、正式に開発プロジェクトが発足しました。

 開発する上でポイントとなったのは、「排出」「洗浄」「材料」の三つです。まず、排出については「ターントラップ方式」という技術が取り入れられています。これは、当社独自の排水方式で、通常時はトラップ(排水路)が上を向いて水を溜めている状態ですが、洗浄時にはこのトラップが下向きに回転し、全ての水を無駄なく活用して一気に排出する技術です。これにより、多量の水を必要とせず、少量の水で流し切ることが可能となり、節水効果が発揮されます。節水と洗浄力を両立させたこの技術があったからこそ、今の「アラウーノ」があると言っても過言ではありません。

 また、洗浄についても、独自の発想と技術が取り入れられています。市販の台所用中性洗剤を使用し、まずは直径約5㎜のミリバブルで大きな汚れを強力に除去し、次に直径約60μmの微細なマイクロバブルで、小さな汚れを除去する仕組みを作りました。

 材料については、先述の通り、当社が得意とする樹脂成型の技術を活用したトイレを開発しようというところからスタートしています。ただし、樹脂は黄色に変色しやすく、傷が付きやすいといった特徴があるため、本来はトイレに用いる素材としては不向きです。幾度も改良を重ねながら、素材の耐久性や傷の付きにくさ、汚れの落ち方などを検証し、最終的に製品化できる水準まで到達することができました。当時の材料技術者が、考えに考え抜いて新たな素材を作り込んだ結果だと思っています。

 ただし、当時は「トイレ=衛生陶器」が常識であったため、樹脂製のトイレが果たして市場に受け入れられるのかという意見もありました。そこで、開発した素材を「樹脂」ではなく何か別の言葉で呼称できないか検討し、着目したのが水族館の巨大水槽です。実は、水族館の水槽に用いられている素材は、アラウーノと同じくアクリル樹脂を含んだ有機ガラスの一種です。水族館の水槽に使われるほどの強度があり、掃除もしやすい素材ということであれば、お客様に対しても自信を持って説明できるということで、アラウーノを「有機ガラス系のトイレ」として販売していくことになりました。現在は「スゴピカ素材(有機ガラス系)」という名称で打ち出しており、トイレだけではなくキッチンやバスにも展開しています。

 こうした様々な試行錯誤を経て、2006年12月に初代「アラウーノ」が発売となりました。現在では、タンクレストイレ市場においてトップシェアを誇り、累計販売台数は200万台を突破しています。

イノベーションは「自律考動」で起こる

-イノベーションを創出するためには何が必要だとお考えでしょうか。

山田 イノベーションの源泉は、「世の中をこう変えたい」「こういう商品が作りたい」という目標や志だと考えています。その目標や志に向かって自ら考え、結果を出すために執念を持った「自律考動」ができる社員がどれだけ存在するかが重要です。目標や志があるからこそ、イノベーションを起こすほどに仕事を好きになれるのだと思います。また、自分の頑張りを自分で認める自己承認ではなく、自分が成し遂げたいことに向かっていく自己実現を目指す社員が必要です。加えて、仲間の共感を得られる人間力が重要となります。ロジックだけでは人は動かず、強固な共感は得られません。「アラウーノ」の開発においても、しっかりとしたロジックが組み立てられていたわけではなく、樹脂成型で新しい技術を取り入れたトイレを開発したいという目標に共感し、それを実現したいという思いを持つメンバーが集って動き出したプロジェクトだったからこそ、成し遂げられたのだと思います。

-社員一人ひとりが「自律考動」するために、経営者の心構えとしては何が必要だと感じていらっしゃいますか。

山田 まず、素直な心が本質を映し出すということを忘れてはならないと思っています。私自身も、先入観を持たず、相手の話に素直な心で耳を傾けることで、本当の姿が見えてくると実感しています。また、組織における心理的安全性も欠かせない要素です。社員が発言をためらうような不安感や恐怖感は一切なくし、社員一人ひとりが、自身の考えや言うべきことを言い合える風土を醸成し、より多くの衆知を集めることが必要です。松下幸之助も自著「実践経営哲学」において、「全員の知恵が経営の上により多く生かされれば生かされるほど、その会社は発展する」と記し、「衆知経営」の大切さを説いています。その上で、経営者には、短期的に足元を見るのではなく、持続的な事業発展の視座に立ち、時間をかけてイノベーションと向き合う胆力が求められます。その際、あいまいさを寛容する力や、不確実なものを認識して管理する力のほか、自身の判断がもたらす長期的な結果予測を持ち得るかが重要となります。今、下す判断が、10年後にどのような影響を及ぼすのかを常に考えながら、日々の活動に取り組んでいきたいと思っています。

-本日はありがとうございました。

パナソニック ハウジングソリューションズ㈱