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第二部 新春特別インタビュー 林業・木材産業の展望 ―国産材の利用拡大に向けて―天羽 隆氏
2021年は木材を取り巻く環境が大きく変化した一年となりました。今回は、新春特別インタビューとして、2021年7月に林野庁長官に就任された天羽 隆氏と(一社)全国木材組合連合会会長の鈴木 和雄氏へ、ナイス㈱杉田 理之社長より2022年の林業・木材産業の展望を伺いました。
新たな森林・林業基本計画を策定
杉田 2021年は林業・木材産業において、近年稀に見る環境変化が起きた一年となりました。2021年を振り返り、林政を巡る出来事についてお聞かせ下さい。
天羽 林政にとっての2021年の大きな出来事の一つに、6月に閣議決定された新たな「森林・林業基本計画」の策定が挙げられます。新たな基本計画では、森林を適正に管理して、林業・木材産業の「持続性」 を高めながら成長発展させることで、2050年カーボンニュートラルも見据えた豊かな社会経済を実現していくことを基本的な方針としています。また、このことを表す言葉として、森林・林業・木材産業による「グリーン成長」を掲げ、施策を展開していくこととしています。
川上分野では、人工林資源の循環利用を進めるため、林業適地では適正な伐採と再造林の確保を図ります。また、このことを進めるために、エリートツリーや自動操作機械等の新技術を取り入れて、伐採から再造林・保育に至る収支のプラス転換を可能とする「新しい林業」を目指す取り組みを展開します。
川中分野では、木材が外材や他資材に対抗できるよう「国際競争力の強化」を図るため、住宅メーカー等のニーズに対応したJAS製品やKD材(乾燥材)等の品質・性能の確かな木材製品を低コストで供給できる体制を整備していきます。また、地場の中小製材工場等については、地域における多様なニーズをくみ取り、大径材も活用しながら、単価の高い板材など多品目製品の柔軟な供給体制を整備し、「地場競争力」の向上を目指すこととします。
川下分野では、都市等での非住宅分野における木材利用の拡大に向け、防耐火や構造計算に対応できる部材の開発・普及等に取り組むほか、製材や合板などの付加価値の高い木材製品の輸出拡大に取り組みます。
これらの取り組みを通じ、2030年には国産材利用量を現状の1.4倍である4,200万m3まで拡大することを目標として掲げています。
また、公共建築物等木材利用促進法が改正され、カーボンニュートラルに資することを目的としてうたった「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(以下、改正木材利用促進法)が成立したほか、森林による温室効果ガス吸収量を2013年度総排出量比で2.7%とした新たな地球温暖化対策計画が制定されるなど、林政にとっては盛りだくさんの年であったと言えます。
国産材シェア拡大で安定した需給構造へ
杉田 2021年は、業界全体が「ウッドショック」への対応に追われた一方、木材の需給構造を改めて見直す機会となりました。ウッドショックを通じて、林野庁としての対応等についてお伺いできればと思います。
天羽 今般の木材の不足、価格の高騰、いわゆる「ウッドショック」の背景の一つに、我が国の建築用の木材のうち、約半分が輸入木材で賄われている現状があると考えています。木材輸出国における資源の制約と、米国、欧州、中国といった地域の木材需要の増大により、輸入木材の価格が上昇しました。国産材についても、減少する輸入木材の代替として需要が高まり、価格が上昇しました。
このような状況を踏まえて、林野庁では川上から川下までの様々な関係者と一緒になって、需給情報連絡協議会を中央及び全国7ブロックで3巡にわたって開催し、中央で収集・分析した情報の共有や、地域での国産材の活用を検討してもらう場を設けて、混乱が沈静化するよう継続して取り組んでいるところです。
一方、輸入木材については、依然として海運コストが高い水準であることに加え、高値で契約した北米産や欧州産の製材、集成材が国内で流通しており、高値での取り引きが続くとの見方が強いと考えています。国産材製品の価格についても、合板を中心として引き合いが強いことから、今後も注視が必要と考えています。
このようなことから、林野庁では令和3年度補正予算を措置し、原木の安定的な供給に向けた取り組みの更なる推進、ボトルネックとなっている人工乾燥施設等の加工流通施設の整備による国産材製品の競争力・供給力強化、更には、輸入材からの転換も含めた国産材製品の利用促進を通じて、国産材の安定供給に向けた環境整備を行うこととしています。これらにより国産材のシェア拡大を図り、海外市場の影響を受けにくい需給構造としていくことが重要と考えています。
建築物の木材利用促進策を一層推進
杉田 2021年10月には改正木材利用促進法が施行されました。これにより今後、都市の木造化の動きが一層加速すると期待されます。法改正の背景や同法の内容について、改めてご説明いただけますでしょうか。
天羽 2010年に公共建築物等木材利用促進法が策定されてから10年余りが経ちましたが、この間、木材利用には大きな進展があったと考えています。この法律に基づいて、国や地方公共団体は公共建築物を建てる際、特段の理由がない限り、低層のものは木造化していくという流れができました。このことと相まって、林野庁では、非住宅分野や中高層の分野にも木材利用を広げていくため、CLTの活用や木材の耐火に向けた技術開発を進めてきました。更に、国土交通省においても、建築基準の合理化が進められ、中層の木造建築物を「あらわし」で設計することが容易になるなど、木材を利用しやすくなる改正が行われました。
このように、中・大規模建築物に木材を使いやすくするための条件整備が技術面でも制度面でも進展したことにより、最近では11階建ての純木造のビルが登場するなど、各地で様々な事例が出てきているところです。
このような木材利用の動きを更に推進するため、2021年6月に公共建築物等木材利用促進法が議員立法により改正されました。主な改正点としては、①題名や目的を改正し、「脱炭素社会の実現」を位置付けること、②公共建築物から民間建築物も含む建築物一般へと木材利用促進の対象を拡大すること、③建築物木材利用促進協定制度を創設すること、④農林水産省に、特別の機関として木材利用促進本部を設置し、農林水産大臣、総務大臣、文部科学大臣、経済産業大臣、国土交通大臣、環境大臣を構成員として、基本方針の策定等を行うこと、⑤10月を「木材利用促進月間」、10月8日を「木材利用促進の日」とすることなどとなっています。いずれも建築物における木材利用を促進する上で、極めて重要かつ有効であると考えています。
本改正法の趣旨、内容を踏まえ、民間建築物を含む建築物一般における木材利用を促進するための施策を一層推進し、森林資源の循環利用の促進や都市の木造化・木質化を進めていきたいと考えています。
「ウッド・チェンジ協議会」設立、民間の木材利用を促進
杉田 林野庁では建築物の木造化・木質化をはじめ、木の利用を通じて持続可能な社会に向けて行動する「ウッド・チェンジ」を推進されています。現在の取り組み状況等についてお聞かせ下さい。
天羽 民間企業の木材利用への関心が高まる中、民間の非住宅建築物での木材利用の取り組みをより一層進めていくため、2019年2月に「民間建築物等における木材利用促進に向けた懇談会(ウッド・チェンジ・ネットワーク)」を立ち上げ、需要サイドから木材利用を進めるため、低層小規模店舗、中規模ビル、内装木質化といった課題ごとに木材利用の方策の検討をしてきました。具体的には、参加企業による低層小規模店舗や中規模ビルのモデル試案を作成したり、内装木質化事例及び木材利用の効果について取りまとめるなどの成果を上げてきました。
これを発展させる形で2021年9月13日には、民間建築物における木材利用を促進するため、経済・建築・木材供給関係団体や地方団体など、川上から川下までの関係者が一堂に会する官民協議会である「民間建築物等における木材利用促進に向けた協議会(ウッド・チェンジ協議会)」を立ち上げました。会合では、建築物における木材利用について、各界における取り組み状況の発表や関係省庁からの情報提供とともに、今後の課題等について意見交換を実施したところです。
現在、協議会メンバーから提起された課題の解決に向け、実務者からなる小グループでの検討を進めているところです。
森林資源の循環利用でカーボンニュートラルに貢献
杉田 2021年は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による第6次報告書の公表やCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の開催など、カーボンニュートラルの実現に向け、世界的にも大きな動きがありました。
天羽 2050年カーボンニュートラルの実現に向け、2021年10月に地球温暖化対策計画が閣議決定されました。同計画において、2030年度温室効果ガスの削減目標を46%とすることが決定され、森林吸収についても2.7%という目標が設定されました。46%のうちの2.7%と聞くと小さく感じるかもしれません。排出削減の面では、排出をゼロにしない限り、結局、大気中のCO2は増加する一方ですが、森林吸収では、文字通り大気中のCO2を吸収して減らすことになります。また、その森林から生産される木材を住宅部材等として利用すれば、森林が吸収・固定したCO2をそのまま貯蔵し続けることができます。更に、化石燃料の代替としてエネルギー利用することで、CO2の排出削減にも寄与します。排出削減の取り組みを進めるとしても、排出をゼロにすることは難しいと考えられる中、森林吸収源は、カーボンニュートラルを実現するに当たって、欠かすことのできない重要な役割を担っていると考えています。
特に、我が国の森林の約4割を占める人工林については、先人の努力により戦後造林されたものが多くを占め、これまで我が国の削減目標達成に貢献してきたところですが、その半数が50年生を超えて成熟し、本格的な利用期を迎える一方、高齢化によって毎年のCO2吸収量は減少傾向にあります。このため、この豊富な資源を適切に活用すると同時に、成長力の旺盛な若い森林を計画的に再造成することが重要と考えており、森林資源の循環利用を進めていくこととしています。
具体的には、人工林における間伐等の着実な実施に加えて、主伐後にエリートツリー等の成長に優れた苗木等も活用して再造林を進めていきます。また、木材利用については、改正木材利用促進法も踏まえ、低層住宅分野において国産材の比率が低い部材への国産材の利用拡大や、木質耐火部材やCLT等を活用した非住宅分野や中・大規模建築物等における新たな需要の獲得、木材利用の拡大に向けた効率的な木材加工流通施設の整備等、需要に応じた国産材の安定供給体制の構築にしっかり取り組んでいきたいと考えています。
林業の持続可能性の確保に向けて
杉田 国産材の安定供給を実現するために、森林資源の適切な活用とともに、持続可能な森林経営が重要であると思います。持続可能な森林経営に向けた施策等についてお聞かせ下さい。
天羽 森林を適正に管理・利用しつつ、国産材の安定供給を確保する、すなわち森林の有する多面的機能を持続的に発揮させるためには、林業の持続性を確保することが必要不可欠です。
しかしながら、林業の現状を見てみると、これまでの取り組みによって、国産材の供給量は拡大して林業従事者の所得も上昇してきてはいるものの、林業の採算性については、伐採して得られた木材の販売収入では、その後の再造林・保育経費を賄うことができないといった厳しい状況が続いています。また、林業のサイクルが、伐採から造林・保育を経て、再び伐採できるまでに50年以上を要することも、森林所有者の方々が将来に向けて再投資(再造林・保育)を行う意欲・関心を持ちにくい要因の一つではないかと考えています。このような状況もあり、伐採した後に適切に再造林がなされないケース、更には、気候変動に起因するこれまでにない豪雨や台風等の増加による激甚な山地災害も相まって、森林・林業の持続性が危ぶまれ、将来にわたって多面的機能の発揮に支障を及ぼしかねないと危惧しています。
また、持続的な林業経営に向けては、それを支える担い手の育成・確保や出口である木材の需要の確保・拡大も不可欠です。木材の需要や安定供給については、先述の通りですが、担い手に関しては、他産業に比べて所得水準は低位である一方、死傷事故など労働災害の発生率は極めて高い水準にあります。このような厳しい労働環境は改善していく必要があると考えています。
このため、繰り返しになりますが、林野庁においては、新たな森林・林業基本計画の下、①森林経営管理制度や森林環境譲与税も活用しながら、間伐や再造林を推進し、森林の適切な管理・利用を確保するとともに、②エリートツリー・ICT等を活用した「新しい林業」による造林コスト等の低減や林業サイクルの短縮、③担い手の確保に向けた、労働安全をはじめとした林業従事者の労働環境の改善、④木材販売収益の拡大に向けた川上・川中・川下の連携による流通コスト削減、⑤都市部等における木材需要の拡大等の取り組みを加速・強化を通して、伐採から造林・保育に至る林業の収支をプラスに転換し、地域の基幹産業である林業を持続可能なものとしていく考えです。
杉田 当社も国産材の利用拡大、そして持続可能な森林経営に向けて、木材流通の立場から、微力ながら尽力してまいります。そのためにも、林野庁が昨年創刊された「モクレポ」を活用させていただき、今後も先を見据えた取り組みを展開する所存です。本日は貴重なお話しを頂き誠にありがとうございました。