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ニュース&レポート

「木フェスTM」特別座談会 これからの建築と木材の可能性を語る

持続可能な素材である木材への関心が一層高まる中、木材や木造建築に関する情報を発信するWEB展示会「木フェスTM」が、今年2月24日から3月13日にかけて開催されました。今回は、同展示会の特別企画として実施された、(公社)日本建築士会連合会名誉会長の三井所清典氏、伊東豊雄建築設計事務所代表の伊東豊雄氏、東京大学名誉教授の有馬孝禮氏による特別座談会の内容をお伝えします。

パネリスト

2三井所氏

伊東氏

有馬氏

※1 みんなの家:大災害において家を失ったり避難をされている方々に、精神的な安らぎを感じられる空間「みんなの家」を提供するプロジェクト

※2 みんなの森 ぎふメディアコスモス:「知の拠点」の役割を担う市立中央図書館、「絆の拠点」となる市民活動交流センター、多文化交流プラザ及び「文化の拠点」となる展示ギャラリー等からなる複合文化施設

素材としての木の特長とその活用

三井所 公共建築物等木材利用促進法の施行から10年が経過し、民間でも建築物の木造化・木質化が進んできました。自然素材である木材の建築物への利用が進んだことで、素材の観点から建物のコンセプトをイメージするなど、新たなインスピレーションの創造といった変化が生じているように思います。鉄筋や鉄骨をはじめとする人工の建築材料と木材とでは、やはり感性に訴えかける質も量も変わってくるのではないでしょうか。

伊東 東日本大震災の被災地である仙台市で手掛けた「宮城野区のみんなの家」は、応急仮設住宅に住んでいる方々が集まって、食事をしたり、話したりすることができる場所をつくりたいとの思いから提案したものです。完成した際には、鉄骨造の応急仮設住宅の入居者の方々が「家に戻ってきたような気がする」と涙を流して喜んで下さいました。やはり、日本人にとって「木」という素材は特別なのだと、改めて感じました。

三井所 「木」は、人と人とをつなぐものだと感じています。社会は人同士の生業(なりわい)のつながりであり、そういった意味でも、社会をつくる上で「木」が重要な素材であると考えています。そこに暮らす方々がつながることで、地域としての力が湧いてくると考えれば、「木」は新たな力を産み出す原動力になるということですね。

有馬 人がつながるということは、「思い」がつながるということです。これは、木を長持ちさせるということにも関係してきます。長く使えるかどうかは、その建物を使う人たちの心構え次第であり、突き詰めれば、愛着のある建物であればきちんと使うということです。また、そうした建物を建てることが、建築家の方々にとって大変重要な仕事の一つなのだろうと思います。

伊東 建築家として、愛される建物となるかどうかが重要だと考えています。建物が完成した時の達成感は当然ありますが、何よりも、10年、20年と使われていく中で、完成時と同じように人が集まる場所であり続けているかを、最も重要視しています。

三井所 多くの人が、モノは「使うだけ」という視点で捉えているように感じています。東日本大震災において、福島県で応急仮設住宅を木造で建てた際、入居する予定の方々に建設現場を見てもらいたいと行政に相談しました。しかし、鉄骨造の応急仮設住宅に住む方もいるので、木造の現場だけを見学していただくことは難しいと言われ、実現しませんでした。公平性という意味では、行政の判断は正しかったのかも知れません。しかし、モノをつくっている現場、特に木造の現場は、見ているだけでも楽しみがあり、人の心を強く惹き付けます。人は、完成品を受け取るだけではなく、つくる過程を理解することで、大切にしようという気持ちになるのだと思っています。

有馬 建築材料として、木材か人工のその他の材料かの違いによって、建築現場の雰囲気にも違いが出るという話を良く耳にします。木材を用いる場合は、丁寧に扱わないと傷付いてしまうため、作業をする方の気持ちも優しくなり、現場が柔らかい雰囲気になるそうです。傷付きやすいという木材の欠点が、逆に長所となって作用しているのだと言えます。

伊東 木材は柔らかく、更に、寸法安定性の面でも取り扱いが難しいという側面は確かにあります。木で建物を組み上げると、完成してから寸法等に若干の狂いが生じるため、大きなスパンを飛ばす建物の場合などは特に注意が必要です。

有馬 それは、木材が水分に対してとても過敏な素材であることが要因です。木材の性能には一長一短があり、例えば、吸放湿性能は木材の長所の一つと言えますが、これにより水分が出入りし、木材が伸縮するのです。こうした特長を捉えた上で、うまく使い分ける知識と技術が重要となります。ご指摘の通り、大スパンの建物等では、当然、寸法等にそれなりの動きが出ますので、木の特性を考慮して、あらかじめゆとりを持った設計をしていただければと思います。

三井所 木材にはもう一つ、力が加わると少しめり込み、力が抜けるとまた膨らんで元に戻るという性質があります。こうした性質を生かして、伝統的な構法による木造建築物の耐震設計技術が開発されています。今後も、木の特性をうまく生かした応用の仕方が開発されるのではないかと期待しています。

都市の在り方と木造化について考える

三井所 日本では、地域ごとに自然的な風土があり、そこで脈々と歴史を刻んできたことにより、独自の文化が培われてきました。それを踏まえると、木造建築についても、地域の個性がにじみ出ていると思います。この点についてはいかがでしょうか。

伊東 私が建築家を志した時代は、機能的で合理的な造形理念に根差した、いわゆる近代主義思想によるモダニズム建築がベストだとされていました。しかし、21世紀に入ってから、モダニズム建築が都市を覆い尽くしてきたと感じるようになりました。高層ビルが次々に建ち並び、都市は自然からどんどん切り離され、人工的な環境が広がりつつあります。高層化すればするほど同じものを積み上げていくわけですから、より一層、均質的で人工的な環境になってしまうのです。こうした都市の現状を考え直さなくてはいけない今、まさに、有馬先生が長らく提唱され続けている「都市にもう一つの森林を」というテーマは大変素晴らしいと感じています。

また、三井所先生が述べられた「木は人と人をつなぐ」という点について、今の社会は経済を媒介にして人と人がつながっている点に、私は問題があるように感じています。人工的な環境が過密になり、社会が画一的になるほど経済がうまく回り、その循環の中で都市が巨大化しています。こうした状況の中、改めて人と人とを技術でつなぐ、あるいは木でつなぐという視点に立ち、都市の在り方について考え直さなければいけない時期にきていると考えています。

三井所 地方では、グローバルな世界とは異なる小さな社会の中で、人との関係が構築されています。これらの地方の力を強化しながら、グローバルな世界とつなげていくことの必要性を、改めて感じています。そして、地方には、至るところに資源としての山があり、木があり、それらが地方を元気付ける原動力となっています。まさに、これこそが本当の意味での我が国の資源なのではないかと思っています。

有馬 地域の中で、人と人とが関わり合いながら様々な取り組みを行うことは、地方創生の原点だと思います。伊東先生が手掛けられた「みんなの森ぎふメディアコスモス」は、特徴的な曲面のある格子状の木造屋根に岐阜県産材である東濃ヒノキがふんだんに使用されています。実現には大変なご苦労があったかと思いますが、これを可能にした原動力とは何だったのでしょうか。

伊東 東濃ヒノキを用いた格子状の屋根は、一般に流通している規格サイズを現地で積み重ねることで実現したもので、構造材として働いています。むくり上がったような全体の曲面形状は、特別な難しい加工をすることなく、木材の「しなり」を生かし、現地で形状になじむように積み上げて実現しています(図)。

みんなの森ぎふメディアコスモス

実現に当たっては、全国から、普段は木造住宅を建てている大工の方々の力を結集しています。建築は真夏の暑い時期で、大変な作業となりましたが、何百人という本当に多くの大工の方々が強い志を持って参画してくれたことが完成につながりました。高い技術と志を持った職人がこんなにも大勢いる点も、日本のすごいところだと改めて実感しました。

三井所 建築に当たっては、施工の技術はもちろんですが、木材の調達においても多くの課題があります。例えば、中・大規模木造建築物の場合、製材工場の供給能力の観点から、一つの製材工場で材料の全てを供給することはほとんどありません。そのため、複数の製材工場に協力して対応していただく必要性があります。また、非住宅ではJAS製材品が必要不可欠ですが、全ての製材工場がJAS認定を取得することは難しいというのが実情です。そこで、ある工場がJAS認定を取得し、そのほかの各工場が一時製品としてJAS認定工場を通すことで、JAS製材として供給していくやり方も考えられます。このように、中・大規模木造建築物の需要に対応するためには、供給側にも工夫が求められます。そして、そこには協力関係を築き上げていくためのコーディネーターの役割を担う存在が必要となります。同業者間だけでなく、川上から川下に至るまでの異業種間をコーディネートすることで、その地域の力を存分に発揮できるシステムを構築できるのではないかと思っています。

有馬 そうした動きが、様々なプロジェクトのきっかけになることは間違いありません。例えば、製材工場ごとにそれぞれ特徴があり、得手不得手もありますから、それらをうまくつなげ、機能最適を図る役割が必要です。そして、その役割に求められる最も重要な点は、製材工場に設計者の意図を明確に伝え、材料を供給する側と前もって対話することだと考えています。

三井所 今回の座談会の会場である商業施設と共同住宅との複合施設「WITH HARAJUKU」は伊東先生が手掛けられたものですね。JR原宿駅のすぐ目の前という、まさに都会の中心に立地しており、木材がふんだんに使用されています。都市建築の木造化・木質化の可能性についてはどのようにお考えでしょうか。

伊東 「WITH HARAJUKU」は、建物の規模を10層程度までに抑えたいという事業主の意向を反映して設計しました。半屋外で風が通り抜けていくようなテラスを設けるなど、自然を感じられる空間を多く設けることを心掛けています。

木造建築物を増やしていくことは、言い換えれば、自然との関係を再考するということだと思います。近代主義においては、世界中のどんな場所でも、技術によって同じ建築物を建てることができると言われてきました。しかし、結果として、都市が自然からあまりにも懸け離れてしまったことが非常に大きな問題だと思っています。その場所の固有の環境と向き合い、その場所に相応しい建築物を建てていかなければいけません。そのため、自然との関係を再考することと、木造建築を建てることは、かなりオーバーラップしていると考えています。

また、コロナ禍で都市から地方への移住を考える人が増加している状況にあります。地方には空き家が多く、それらを再生して木の家に住むといった動きが出てくると、現状の都市と地方の関係がもう少し滑らかになっていくのではないでしょうか。二項対立的な関係から、もっと連続的な関係になっていくことで、私たちの暮らしも変わっていくのではないかと期待しています。

三井所 都市には、窓を開閉できない高層ビルが多数あります。これは、固定窓の方が清掃に費用が掛からず、作業も楽だからという理由です。しかし、それは生きた空間とは言えず、小窓であっても開閉できるビルであってほしいと思っています。都市の建築は自然との関係をあまりにも断ち切りすぎてきたような気がしています。とあるコンペに応募された設計案に、建物のガラスの向こうに木造の柱や壁が見えているというものがありました。それだけで、この通りは非常に気持ちが良い街並みとなっており、改めて木の魅力の大きさを感じたことを覚えています。木造の建物や木のインテリアが増えていくことで、都市の雰囲気はだいぶ変わるのではないでしょうか。都市の木造化・木質化については、今後も更に積極的に進めていく必要があります。

無から有を生み出す建築 発想の原点

有馬 木造建築の進歩を目の当たりにすると、世の中の変化を実感します。かつては、今のような多様な建築物を実現できるとは思っていませんでした。設計者の方々は、無から有を生み出すわけですが、その発想の原点についてお聞かせ下さい。

三井所 工業製品の中で、一番長持ちするのは建築物だと考えています。長持ちさせるためには、大切に使うことが基本となりますが、特に木は、手をかければかけるほど良くなっていく、磨けば光る素材です。超長期の消費財を未来に残すためには、こうした長持ちするものへの接し方は非常に重要であり、設計者である建築士や建築家は、つくる過程だけでなく、可能であれば全ての過程に関わることが大切だと考えています。その意味で、やはり建築に一番適している素材は木材なのではないでしょうか。

伊東 東日本大震災の被災地の復興に向けては、当初、元の生活に近い街がつくれるのではないかという期待を抱きました。しかし、政府の復興計画は近代主義的な技術を用いた上で、どの場所においても同じものでなければならないというものでした。結局、期待を実現できたのは「みんなの家」だけだったことに衝撃を受けました。

ちょうど同じ時期、愛媛県今治市が「今治市伊東豊雄建築ミュージアム(TIMA)」を瀬戸内海の大三島につくって下さり、そこからの縁で、たまたまワインをつくりたいという若い方に出会い、一緒にワイナリーを設立しました。その際、土地に接して暮らすことの素晴らしさと同時に、その大変さも強く実感しました。逆に、都会のマンションで暮らすことがいかに楽なことかにも気付きました。これを機に、都会の生活を考え直す必要があると思うようになり、建築に対する考え方も少しずつ変わっていきました。自然風がきれいに吹き抜ける建物や、窓を開けて換気ができるような建物をつくりたいと思うようになったのです。

初めて東北の被災地を訪れた際に感じた、これまでに自分が考えてきた建築とそこに暮らす方々の建築とのギャップについても、10年が経過し、その矛盾が少し解消されつつあると感じており、現在は、いずれ一つに統合できるかもしれないという期待感を持ち始めています。

三井所 発注者や施主が建築家を育てるということもあると思います。震災復興においては、私自身、地元の方々と接することで、自分がどう変わっていくのかを考えながら取り組んでいました。政府の意向も踏まえつつ、「集落の風景はこういうものが良い」「海から帰ってきて見上げた時に集落が美しく見えるようにしたい」など、住民の皆さんと話し合いながら、一つの集落をつくり上げました。やはり、発注者と受注者が一緒に考え、つくっていく仕組みをしっかりと築くことが重要だと思います。建築家としての知見や経験、才能などももちろんありますが、地元の方と接することで生まれてくるものがあります。それが、どういった新しさを持っているかが大切なのではないでしょうか。

サステナブルな社会の実現へ 広がる木材の可能性

有馬 木造建築のスタート地点は、やはり木を植えるところにあります。そして、その木材を全て使い切る建築というものに、ぜひチャレンジしていただきたいと思っています。例えば、大径材を使い切って一つの公共建築物をつくり、ゴールとして最後にもう一度木を植えるプロジェクトなど、木の循環利用を体現する取り組みがいつか実現することを期待しています。

三井所 それに近い取り組みはこれまでにも事例はありますが、「一本の木を全て使い切る」というのは、新たな挑戦ですね。本日のお話を伺い、今後も森や木と関わりながら、その魅力を引き出していきたいと考えています。

有馬 木の可能性は、これからもまだ広がっていくと考えています。日本は森林資源が成熟しており、積極的に使い、次の世代につなぐことが重要です。「木を伐って、使って、植えて、育てる」ことが、まさに生産地と都市とを結ぶに当たっての一つの基本的な考え方になります。また、都市は地方の集まりであり、都市には必ず地方への思いがあるはずです。それを奮い立たせるための仕組みも必要ではないかと考えています。生き物である木を使って更新する、そのためにも皆さんのお力をお貸しいただけることを願っています。

伊東 「2050年カーボンニュートラル」宣言がなされ、国を挙げて脱炭素化に向けて進んでいます。その実現のために、再生可能エネルギーの拡大だけではなく、いかに二酸化炭素排出量を減少させる建築物を増やしていくかが問われています。木造の建築物を建てていくことについて、国が先頭に立ち、設計者、素材の供給事業者、施工者、そして施主の方々など、それぞれの立場から真剣に考える必要があるのではないでしょうか。

三井所 木造住宅と鉄骨住宅、鉄筋コンクリート住宅とで比較した場合、住宅一戸当たりの材料製造時の二酸化炭素排出量は木造が最も少ないことが分かっています。そうした数字で裏付けられたエビデンスも必要ですが、木造の良さは、共通の認識になりつつあります。私は、木の建築の重要性は今後ますます高まっていくと確信しています。サステナブルな社会の実現に向けて、川上から川下までの関連業界の人々と一体となって木造化・木質化にチャレンジしていきましょう。

三人写真

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